Archive for 10月, 2012
東山霊山歴史館
火曜日, 10月 23rd, 2012東山霊山歴史館にも行って来ました。
坂本龍馬や新選組を始めとする幕末の志士達の資料や、実際に使っていた刀や、文などが展示されています。
館内はもちろん撮影禁止ですが、あの有名な新選組の羽織りを着用し、刀の模型を持って写真撮影することができます。
同じく新選組が大好きな友達と新選組にゆかりのある所へ一緒に足を運べて、とても良い夏休みの一時を過ごすことができました。
壬生屯所跡(写真)
火曜日, 10月 16th, 2012前回の続き
火曜日, 10月 16th, 2012そこで、近藤派は芹沢派を暗殺し、新しい新選組を
作り上げていくことを決心したのです。
壬生屯所跡では、当時の状況を聞くことが出来る他、
芹沢鴨が暗殺される際に躓いたと言われている台や、
実際に残っている刀傷を見ることができます。
新選組にとっても、1番思い入れの深い屯所は、
やはりこの、八木邸ではないかと思います。
八木邸
火曜日, 10月 2nd, 2012夏休みに、大宮にある新選組の第一の屯所
壬生八木邸跡に行ってきました。
新選組は、何回か屯所を転々としていますが、
この八木邸が1番最初に屯所として使っていた所
そして期間としては1番長く、あの池田屋騒動の時も
八木邸を屯所として使っていました。
現在も、ほぼそのまま残っており、
屯所の中で20分ほど新選組の経緯や
当時の屯所での出来事を聞くことができます。
この屯所で起きた1番大きな出来事は、
やはり筆頭局長だった芹沢鴨の暗殺です。
“新選組”になる前、”浪士組”として
会津藩の下で働いていた新選組は
筆頭局長が芹沢鴨だったわけですが、
その芹沢というととても気性の荒い人物で、
酒を飲めば暴れ、金のありそうな民家から
会津藩お預かりだ、と脅し金銭をゆすりたぐったり、
それは会津藩から芹沢を”やれ”(暗殺)しろと
命が下されるほどのものでした。
その頃新選組の中では、近藤派、芹沢派に別れ
隊の中では派閥が起きていました。
次に続く。